第四の壁 演劇交流会



カテゴリ:[ なんでもフリートーク ]


31件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[31] 青森県のせむし男 3

投稿者: 亜門啓太 投稿日:2015年 8月12日(水)22時39分45秒 238.net116254003.t-com.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

舞台は額縁に入った絵である。絵に大切なのは構図と色彩としっかりとしたデッサンであり、役者たちや小道具、奏者が配置される。それらがアンサンブルとして観客の想いに働きかけるイマジネーションが重要なのである。こしばきこうの演出の優れたところは舞台空間によく考えられた比喩が散りばめられているという点がある。寺山の作品そのものがメタファーの積み重ねだが、こしばは独自の暗喩を駆使して画面に深みと謎を構築することに成功している。それは詩の世界、前衛小説に使われる手法であり自ら絵や小説を書く彼はその才能をいかんなく舞台上に造り出している。彼の演劇は常に実験的であり完成はない。毎日演出が微妙に変わるのはそのためだ。
 私は3度観劇に出かけたが、最終日に敬虔なクリスチャン夫人を連れて行った。前もって心の用意をさせることは手抜かりなくしたつもりだ。この芝居は神を知らない世界で起きるおどろおどろしいものを描いたものだと話しておいた。胸の露出や仏壇の破壊はこの日だけの演出だったのはおかしな皮肉だが、クリスチャン夫人の感想は概して好意的なものだった。それを以下に引用してみる。
「本当に感動しました。人間の罪深さ。どうしようもない刹那さや哀しみがあれほど表現された演劇は本当に素晴らしいと思いました」
 もうひとり、私は初日に北大の農学部を出て、ひたすら米作りに生涯を費やしてきた知人に声をかけた。彼は演劇というものに久しく接してこなかったようだが、並々ならぬ感動を表し、シーズン中にもういちど観に遠い厚真から通ってきた。
 今回は集客という点で異例の成功を見たわけだが、営業的なことをひとつ言及したい。誰かを観劇に誘うときは予断を避けて、できるだけ大勢の人たちに声をかけることが重要だ。あの人はダメだと決めつけてはいけない。上記のように意外なファンが隠れているものだ。




[30] 青森県のせむし男雑感

投稿者: 不破久雄 投稿日:2015年 8月10日(月)12時54分26秒 KD111100226049.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

 風蝕異人街の「青森県のせむし男」を8/3、8/5、8/7と3回観た。同じ劇を3回を観る経験は初めてだったが、数日経った今でもいろいろなシーンが音楽と共にフラッシュバックしてくるのを楽しんでいる。それと回を重ねるごとに寺山の言葉が胸に染み込むのを感じた。特に劇中で繰り返される寺山の短歌は3回目で初めて意味が了解されるものもあった。やはり短歌はある程度視覚による理解が必要なので仕方がない。しかし逆にその意味を知りたくて観劇後に寺山の作品集を読み直したくなるというメリットもあるのかもしれない。
 私の一番好きなシーンは、冒頭3人の演奏者(ジャンベ、薩摩琵琶、二胡)が狐面のコロスに案内されて登場するところ。何度観てもかっこいい!
 その後でコロスが舞台と客席の間の3枚の格子を取り除く動作もしびれる。様式化されたあの計算された動きがいい。彼が舞台中央に戻り、頭を少しかしげて無言で挨拶をするシーンは、最後に異形の女性が「これにて青森県のせむし男はおしまいでございます」と独特の声で宣言するシーンとセットになっているのだろう。
 主役のマツとせむし男の演技は見事だが、脇をかためる役者もみな達者だ。特に瞽女(噂女1)がいい。抜群の存在感である。彼女が噂男二人と3人で、土の中からの声を聞く場面では男二人と一緒に器械体操のようなポーズをとったのは秀逸。
 噂女の中に一人だけご年配の方がいて、いい味を出していた。あの方がいるのといないのでは噂女軍団の重みが全然違う。後で聞くと七十近いお歳で、何と舞台に立つのも初めてらしい。
 マツが興奮して思わず訛り丸出しでしゃべるとコロスが笑ってマツがはっと気づく場面がよかった。あのパターンをもうちょっと繰り返して笑いを取ったらどうだったろう。ずっと暗くて妖しい場面が続くので、思いっきり笑う場面もアクセントに欲しいかなと思った。
 一つだけ違和感を覚えたのは、集団でのダンスの音楽。どうも現代的すぎてあそこだけ浮いてしまっているような感じ。もっと和風あるいは土俗風のアレンジの方がよかったのではないか。
 何はともあれ、どのシーンもすごい迫力。そして演じている役者たちの楽しそうなこと。観ているものを元気にしてくれる舞台だった。



[29] 青森県のせむし男2

投稿者: 亜門啓太 投稿日:2015年 8月10日(月)09時38分5秒 238.net116254003.t-com.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

風蝕異人街が複数の劇団やフリーランスを結集して作り上げた「青森県のせむし男」は大成功と言って間違いない8日間9公演を終えた。今回の小柴の演出で観客の心をより印象的にとらえたのは先回ふれた寺山作品の現代的な解釈に加えて巧みな音楽の導入がある。二年前にも童謡をバックコーラスとして流す試みはあったが、今回ははっきりと演劇の中で音楽の果す力を十分に取り入れていた。和楽器奏者を三人加えて、彼らを劇中人物のように配置していたのは巧みだった。ジャンベの石橋俊一、薩摩琵琶の黒田拓、二胡の凛子の果たす役割は重要だったと思う。彼らは回を追うごとに舞台と同化して千秋楽の最高の完成度に高めていったといえるだろう。ビジュアル的に観ても彼らの美形は絵になっていたし、物語を重厚なものにするのに役立っていた。それと導入されていたコーラスは圧巻だった。最初のほうで大正マツの独唱に全員が加わる『惜春鳥』は物語の世界に観客を導入する大きな効果をもたらしたのは間違いない。マツを演じた堀紀代美は哀切をこめた表現で美しく歌い上げた。フィナーレでは若者の叫びを取り入れてオリジナル曲『阿呆船(借題)』を合唱した。これもまたメッセージ性の強い歌であり観客を高揚させる大きな力になっただろう。もうひとつの要素は鍛え上げられた肉体によるダンスを先回以上に充実させたことも見逃せない。芸術性の高い三木美千代に福田泰子が加わり、メソッドで訓練を積んだ劇団員がエネルギーに満ちた空間を造り上げた。興行的に成功している劇団四季や宝塚から音楽とダンスをとったら何も残らないと思うのだが、寺山も音楽とダンスの力を熟知していた。生前700曲を作っている彼は舞台に頻繁に音楽性を取り入れていた。いずれにしてもこれらが今回の成功の大きな要素のひとつであったことは疑いようがないと私は考える。



[28] 青森県のせむし男  シアターZOO

投稿者: 亜門啓太 投稿日:2015年 8月 3日(月)22時50分35秒 238.net116254003.t-com.ne.jp  通報   返信・引用

札幌演劇シーズン。青森県のせむし男を観た。
泣ける。とにかく涙が止まらない。それは若者の叫びがあまりにも真摯で、あまりにも悲劇的な美しさをもっているからである。この舞台から伝わるのはどうしようもない業を背負った人間の悲痛な叫び以外の何者でもない。役者たちひとりひとりの目は悲しいほどに輝いていて、いわば全員が泣きながら演じているように私には見えた。人間の闇は登場人物を支配しつつ、実は演じている役者の闇や業をあぶり出しているのである。観客も例外ではない。さいの河原の物語として書かれた寺山の戯曲は生きながら地獄を引きずっている万民の罪をも暴いているのだ。だから悲しみから沸き起こる涙が止まらなくなるのである。心をゆさぶられるから震えるのである。しかし悲劇的な展開をたどる物語は救いようのない人間を戯画化して見せてくれるから人は悲しみのどん底におちいることなく、むしろそこからある種の浄化を得るのだ。涙が目の奥から出るのは意味がある。あらゆるものを見つめる目は、心の奥深くに通じていて、そこから涙がわくのである。青森県のせむし男は、ふるさと人のお
化けであるとマツに言わせている。ふるさと人とは、とどのつまり連面と続く人間の鎖に他ならないと私は考える。せむし男はマツの罪の幻影であり、消し去りたかったものなのに、マツはそれに執着し、溺愛し、殺害する。そこには理性に逆行して行動してしまう人間すべての不条理が戯画化されているのであり、いわばこの舞台に登場する人物すべてが人間の一面をあぶり出す比喩として配置されている。舞台のはじでひたすら井戸水を汲み上げる男はせむし男の影みたいな存在で、絶えず誰かを追いかけ、絶えず誰かに追いかけられている人間そのものであろうと私には思えた。意味不明の単純労働に明け暮れる奇怪な男は罪と業を背負った人間のひとつのパターンであろう。ひとりひとりの動きは計算されていた。時にリズミカルにおどりながら言葉遊びに興じる噂ずきの集団は物語を単なる悲劇としてではなく、ひとつの喜劇として人間という不可解な生き物を笑い飛ばしているように見える。演出は見事だ。どこへ出しても恥ずかしくない作品だ。俳優たちはよくやりとげた。この舞台に
立ったことは生涯の里程標になることを私は確信している。この名作に携われたことをおおいに誇りに感じてほしい。



[27] ベケットの芝居

投稿者: 亜門啓太 投稿日:2015年 4月14日(火)19時43分17秒 58.net220148134.t-com.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

「芝居」という題名が付されたベケットの作品をアトリエ阿呆船で奇才こしばきこうの演出で観た。配役は堀内まゆみ、三木美智代、斉藤秀規。これは完全なる観念の世界を描いた演劇であろう。この芝居に肉体は必要ない。男ひとりと女ふたりがそれぞれ壺に入っていて、首だけ出して台詞を言うわけだが、三者の観念が入り乱れ、交錯する様を描くのに彼らが既に死んでいるという設定にしたほうが作品として作りやすかったのではないかと思われる。不条理劇にともなう難解さ、不可解さはもちろんあるが、この意味不明の不可解さはベケットが意図していたことであり、おそらく本人も解らない部分があるのではないかと私は考える。抽象画を描くときに絵の具をぶつけ、そこで裸のままのたうち回って不思議な効果を生み出すのと似た作業が行われた気がする。ゆえに舞台に表出されるのは霊的な世界、夢の中の世界、起承転結や時系列もはっきりしない世界なのである。それ故、無理に意味を理解しようとする必要はなく、三者三様に描き分けられた個性や愛憎のたわいないやりとりから観客は自由にイメージを膨らませ、自分の観念の世界に彼らをプレイさせればいいのである。ちなみにこの演劇の原題はプレイである。背景に白い仮面が並べられ、闇から浮かび上がるように見せる舞台設定は、観客のひとりひとりが一個の仮面と同化してしまうという効果を狙ったものだろう。素直に面白い芝居を観たと私は思った。声と顔の表情だけで演じるのは動きがないから容易かと言えば逆であり、個々が台詞まわし、声質、表情、癖などを顔だけで表すのは演技力が求められる。三木は毒婦の居直りとあざけりを、斉藤は女を翻弄しながら自らも翻弄されていくご都合主義の男を、堀内は正当ぶって愛を語りながら嫉妬に焼かれた独りよがりな女を雰囲気を出しながら演じていたと思う。まだまだ実験段階という気もするが、この芝居が同じセットを使って異なる演出家や俳優によって演じられることもあるようで、こしばきこうは先陣を切って見応えのある舞台を創り出したと思う。原作がどうかは解らないが、最後に壺の中の人間が入れ替わったりするとどんな効果が生まれるかと観客のひとりとして考えてみた。今回舞台に立った役者たちの今後の活躍を期待している。



[26] ベケットの芝居

投稿者: 亜門啓太 投稿日:2015年 4月14日(火)18時44分4秒 58.net220148134.t-com.ne.jp  通報   返信・引用

「芝居」という題名が付されたベケットの作品をアトリエ阿呆船で奇才こしばきこうの演出で観た。配役は三木美智代、これは肉体を離れた完全なる観念の世界を描いた演劇であろう。この芝居に肉体は必要ない。男ひとりと女ふたりがそれぞれ壺に入っていて、首だけ出して台詞を言うわけだが、三者の観念が入り乱れ交錯する様を描くのに彼らが既に死んでいるという設定にしたほうが作品として作りやすかったのではないかと思われる。不条理劇にともなう難解さ、不可解さはもちろんあるが、この意味不明の不可解さはベケットが意図していたことであり、おそらく本人も解らない部分があるのではないかと私は考える。抽象画を描くように絵の具をぶつけ、そこでのたうち回って不思議な効果を生み出すのと似た作業が行われたような気がする。ゆえに舞台に表出されるのは観念の世界、夢の中の世界、起承転結や時系列もはっきりしない世界なのである。それ故、無理に意味を理解しようとする必要はなく、三者三様に描き分けられた個性や愛想のたわいないやりとりから観客は自由にイメージを膨らませ、自分の観念の世界に彼らをプレイさせればいいのである。



[25] 風蝕異人街のダンスコレクション

投稿者: 亜門啓太 投稿日:2015年 3月10日(火)20時10分3秒 218.net116254001.t-com.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

三木美智代、布上道代、石垣通子ら三人のミッチーと池上信子、石川理恵、佐藤浩子、福田泰子によるダンスコレクションが2月28日と3月1日にアトリエ阿呆船で提供された。音楽は石橋俊一による。第一部は三木の「絶域」と、布上による「THE NEXT~次なるは」という芸術性の高い個性的な創作舞踊が舞台上に怪しくも深遠な世界を描き出した。
 三木の動きにはギリシャ悲劇を土台とする西洋的な匂いを漂わせていた気がするし、布上のそれは日本の巫女にあるような東洋的なものを感じた。私は今回の演目を通して観客者として舞踊を観る目が一節ぬけた気がした。ふたりの演技はそんなインパクトを与えてくれたのだった。
 私がそこから感じ取ったのは、ダンサーというものの内面に起きている現象の自分なりの発見であった。ダンスという肉体芸術は憑依の芸術でもあるということを私はまざまざと感じ取ったのである。ダンサーは踊りに入るまえに静止したわずかの時間をもつ。これはもちろん精神を集中させるためだが、ある種の瞑想、宗教的と言ってもいい沈黙の世界に入るのではないかと私は考える。
 その短い時間は真に重要なものにちがいない。ダンスは自己の内面に存在するさまざまな人格や思念、欲望や観念を解脱にも似た鍛練によって自身から幽体離脱させ、それを舞台上において選択的に自己に憑依させることによって肉体を律動させる芸術であると私は思うのだ。
 同じ人格であっても時空の違いを使い分ける必要があり、つまり子供のときと大人になってからは別の個体な訳で、憑依させるべきものは無数に及び、それを自在に操って自身の肉体を動かすのである。三木美千代と布上の演技はその点において深い芸術性を舞台に表出することに挑み、かなりの成功をおさめていたように思う。
 第二部は、一部で集中し疲れた私の神経をいやしてくれた。中年OLシリーズ「結婚詐欺」は文句なしに面白かった。参加してくれたダンサーたちは十分観客を楽しませてくれたと思う。私は友人に詩人を多く持っているが、彼らにこうした舞台を見せたいと思った。肉体と言葉は表裏一体なのであり、詩人たちは肉体芸術から多くを学ぶことができるはずだ。
 芸術には完成はなく、常に何らかの改善点が見つかるものだが、いずれにしても重要なのは常に真摯な態度で柔軟に挑んでいくことであろうと思う。そこに新しい思索と魂の交流が生まれ、別の波動が表出し、思ってもいなかった効果や劇的な空間を創り出すことになるのではないだろうか。これからも大いに期待する。



[24] 時間堂[つながる]ツアー『衝突と分裂、あるいは融合』

投稿者: 蒼井 玲(石橋 玲) 投稿日:2014年10月24日(金)17時34分26秒 pw126205176078.3.panda-world.ne.jp  通報   返信・引用

お初にカキコさせていただきます。
蒼井玲こと石橋玲です。

貴重なスペースをお借りして宣伝させてください。

11/8、9と東京の劇団 時間堂の札幌公演に出演いたします。
時間堂は札幌に地縁のない劇団ですが、マイズナーテクニックなどを取り入れて役者が舞台上でリアルに存在することに真摯に取り組んでいる面白い劇団なので、是非多くの方に観ていただきたいです!
予約フォームよりチケット予約お待ちしております!!

時間堂[つながる]ツアー2014
『衝突と分裂、あるいは融合』
Fission or Fusion after Collision

台本・演出:黒澤世莉 Seri KUROSAWA

2014年10月9日(木)~12月1日(月)
Tokyo→Osaka→Sendai→Sapporo→Fukuoka→Tokyo

1963年1月1日、日本で初めての国産TVアニメ「鉄腕アトム」の放映がはじまる。
原子力で戦うロボットの活躍は子供たちの心をつかみ、最高視聴率は40%を超えた。
1963年3月30日、新幹線は試験走行で256km/hの国内最高速度記録を達成した。
科学は人類の進歩の証であり、平和をもたらす万能薬だと思われていた。
1963年10月26日。日本で初めて原子力による発電が始まった。

感情さえ制御できない程度の論理で、核分裂を制御しようとする人間たちの喜劇。

■出演:
〈ツアーメンバー〉菅野 貴夫 / 鈴木 浩司 / 阿波屋 鮎美 / 松井 美宣 (以上、時間堂) / 黒住 尚生 from大阪 / 田嶋
真弓 from東京 / 富田 文子 from福岡
〈札幌キャスト〉 蒼井 玲 / 大浅 絹子 / 澤里 有紀子 / 田村 政浩 / 廣田 彩 / 堀内 まゆみ

■日程:2014年10月9日(木)~12月1日(月)

【札幌】 コンカリーニョセレクション参加
11/8土 13:00★/18:00★
11/9日 16:00

受付開始は開演45分前、開場は30分前/上演時間約90分(予定)

★ 地域イベント ゲストを招いてのトークなど

■会場:全国5都市6会場

【札幌】生活支援型文化施設コンカリーニョ
〒063-0841 北海道札幌市西区八軒1条西1丁目 ザ・タワープレイス1F
011-615-4859
http://www.concarino.or.jp/
JR「琴似駅」直結

■チケット:全席自由・税込/チケット発売 2014年9月9日(火)9時
【地域】前売 2,500円/割チケ! 2,000円/当日 2,800円
【高校生(全日程共通)】1,000円

■割チケ!(要予約)以下の適用条件を満たされた方は割引価格で観劇できます/各種割引の併用はできません
時間割(地域のみ) グッズ・過去公演のフライヤー・パンフレット・チケットなどをお持ちくださった方
リピ割 他都市公演・プレビュー含め、この公演をご覧いただくのが2回目以降の方(要半券)
学割 学生の方(演劇養成所含む/要学生証)

■チケット予約URL(蒼井扱い):
https://www.quartet-online.net/ticket/jikando-tour2014?m=0aficcd

■公開稽古
ご予約いただければいつでもご見学可能です(くわしくは近日公開)

■スタッフ
舞台監督・照明デザイン:黒太剛亮
演出助手:関智恵・髙橋紗綾
衣裳アドバイザー:及川千春
宣伝美術:デザイン太陽と雲
宣伝写真:松本幸夫
Web制作:小林タクシー
ビデオ制作:$堂
制作助手:長瀬みなみ
プロデューサー:大森晴香
企画製作:合同会社時間堂
主催:時間堂

協力:時間堂の味方[=佐伯風土・山本恭子・桜井さやか・原田優理子・飯塚なな子・渡邉守・雨森スウ] / 有限会社エンパシィ / 黒猿
提携:NIKITA

[札幌]
提携:NPO法人コンカリーニョ
協力:さっぽろアートステージ2014実行委員会 / 札幌劇場連絡会 / intro / 演劇研究会劇団ダイナマイト / 演劇集団UNIT i
/ 劇団coyote / 劇団ひまわり(札幌) / さっぽろ演劇研究室 / スターウィッシュ・プロモーション
後援:北海道・札幌市
助成:公益財団法人北海道文化財団

【時間堂とは】
1997年、演出家黒澤世莉のユニットとして設立。2009年、数名の俳優が所属して劇団化。
「いい本といい俳優でできた、関係性の演劇」がもっとも面白いと考え、古典から新進作家の書き下ろしまで幅広く上演。
2014年、スタジオtoiroan 十色庵を開設。全国ツアーやワークショップなどを通じて、演劇普及や俳優育成にも力を注ぐ。
合言葉は、「すごい、ふつうの演劇。ふつうの、すごい演劇」。

■お問い合わせ:時間堂 Jikando theatre company
070-6659-3841
info@jikando.com
http://jikando.com
〒115-0043 東京都北区神谷2-48-16カミヤホワイトハウス B1
時間堂は演劇をつくる団体です。東京を拠点に活動しています。時間堂は演劇を、お客さまと俳優に返します。時間堂は演劇の魅力を、できるだけシンプルに伝えます。
時間堂= 黒澤世莉・菅野貴夫・鈴木浩司・阿波屋鮎美・長瀬みなみ・松井美宣・直江里美・ヒザイミズキ・大森晴香

http://ameblo.jp/rei-remyu



[23] コクトーの「声」 2

投稿者: 亜門啓太 投稿日:2014年10月 3日(金)00時57分3秒 p3095-ipbf1202sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

『声』がひとり芝居として成功したかどうかを明らかにするのは主人公の苦悩する女の意識の流れをいかに再現できるかにかかっている。最初は待ちわびた電話の混線から話が始まるが、これは単にコクトーがこれを書いた時代の通信状況を表しているだけでなく明らかな作家的意図が働いていることを見逃してはならない。それはこの戯曲全体を通してほとばしっている女の意識の混乱、神経の絶え間ない怯えからきているということだ。『社会が邪魔をする』というセリフにも象徴されているように女の運命に容赦なく入り込んでくる様々な雑音、妨げ、誹謗、冷たい視線、裏切り、それらすべてが協力なノイーズになって彼女をとりまくのである。世界中のどこにでもいる普遍的な女は我々ひとりひとりの具現であり、その苦悩は人間に共通するものなのだ。堀の演技にはそれを再現しようとする明確な意図が一貫して貫かれており、この作品への思い入れと読みの深さを感じさせるに十分だった。ここに観るものを真に感動させ得る芝居の極意が隠れている。役者は動作や表情、セリフを自分のものにするとき、最も肝心なのは演じる対象の心の襞に分け入り、絶えず漂い変化する意識の流れをいかに舞台の上に表出するかにかかっている。その点から見ても堀の芝居は見事な成功をおさめたと言えるのである。20年ほど前に演じたことがある堀は、おそらくコクトーの描き出した苦悩する女を自ら体験し、惑い、苦しみ、死線をさ迷う想いも経験してきたのではないかと私は想像する。その見えざる人間の命の脈動がひしひしと伝わってくる今回の舞台は間違いなく彼女の生涯の代表作になり得るものと私は確信する。



[22] ジャン・コクトーの「声」

投稿者: 亜門啓太 投稿日:2014年 9月30日(火)18時06分33秒 p2242-ipbf2005sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

ジャンコクトーの「声」は女優ひとりが演じる心理劇である。70分近いこの戯曲は女優なら一度は演じてみたいと思うに違いない濃厚にして膨大なセリフ量の作品といえる。したがって誰もがこなせる役ではない。今までこの作品を演じきった女優は少ない。簡略化したものや携帯電話を使って今風にアレンジしたものは幾つかあるようだが原作をノーカットで演じること事態がすごいことなのである。このたび風蝕異人街の堀紀代美がテアトル・マアルイ旗揚げ第二作として「声」に挑んだ。そして彼女は見事に演じきったのである。この芝居に出てくる苦悩しながらも品を失わず男を愛し続けようとする女は堀自身の生き方ともオーバーラップして感動を呼んだ。この日は各地でイベントが重なり三回の公演は満席にはいたらなかったが、これを見なかった人は大きな損失だったことをここに述べねばならない。ひとりの捨てられた女の心理劇は普遍的な問題を扱っているのであって、誰もが何らかの形で自らの胸中を探らねばならない作品なのである。これから何回かにわたって、9月27、28日にアトリエ阿呆船で行われた「声」に言及することになる。


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