第四の壁 演劇交流会



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[27] ベケットの芝居

投稿者: 亜門啓太 投稿日:2015年 4月14日(火)19時43分17秒 58.net220148134.t-com.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

「芝居」という題名が付されたベケットの作品をアトリエ阿呆船で奇才こしばきこうの演出で観た。配役は堀内まゆみ、三木美智代、斉藤秀規。これは完全なる観念の世界を描いた演劇であろう。この芝居に肉体は必要ない。男ひとりと女ふたりがそれぞれ壺に入っていて、首だけ出して台詞を言うわけだが、三者の観念が入り乱れ、交錯する様を描くのに彼らが既に死んでいるという設定にしたほうが作品として作りやすかったのではないかと思われる。不条理劇にともなう難解さ、不可解さはもちろんあるが、この意味不明の不可解さはベケットが意図していたことであり、おそらく本人も解らない部分があるのではないかと私は考える。抽象画を描くときに絵の具をぶつけ、そこで裸のままのたうち回って不思議な効果を生み出すのと似た作業が行われた気がする。ゆえに舞台に表出されるのは霊的な世界、夢の中の世界、起承転結や時系列もはっきりしない世界なのである。それ故、無理に意味を理解しようとする必要はなく、三者三様に描き分けられた個性や愛憎のたわいないやりとりから観客は自由にイメージを膨らませ、自分の観念の世界に彼らをプレイさせればいいのである。ちなみにこの演劇の原題はプレイである。背景に白い仮面が並べられ、闇から浮かび上がるように見せる舞台設定は、観客のひとりひとりが一個の仮面と同化してしまうという効果を狙ったものだろう。素直に面白い芝居を観たと私は思った。声と顔の表情だけで演じるのは動きがないから容易かと言えば逆であり、個々が台詞まわし、声質、表情、癖などを顔だけで表すのは演技力が求められる。三木は毒婦の居直りとあざけりを、斉藤は女を翻弄しながら自らも翻弄されていくご都合主義の男を、堀内は正当ぶって愛を語りながら嫉妬に焼かれた独りよがりな女を雰囲気を出しながら演じていたと思う。まだまだ実験段階という気もするが、この芝居が同じセットを使って異なる演出家や俳優によって演じられることもあるようで、こしばきこうは先陣を切って見応えのある舞台を創り出したと思う。原作がどうかは解らないが、最後に壺の中の人間が入れ替わったりするとどんな効果が生まれるかと観客のひとりとして考えてみた。今回舞台に立った役者たちの今後の活躍を期待している。


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